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情報システム部門時代

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情報システム部門時代

思い出1

東セロ(化学会社)で、長年コンピュータ部門に携わりました。
ここで、メインフレームのほか、オフコン、パソコン、Jスターなどを使いました。

今はオフコンもJスターもありません。
オフコン(オフィスコンピュータ)は事務用小型コンピュータで、機種によってはCOBOLも使えました。
Jスターは、富士ゼロックスがアメリカのデスクトップコンピューターの原型「スター」を日本語化したもので、ハードは富士通が作っていました。
Jスターには、大きなディスプレイと大型CPU筐体、マウスが付き、1台1000万円しました。

メインフレームは、最初に、H8250(日立製作所)を使いました。
補助記憶装置は磁気テープ、プログラムは紙カードにパンチ入力しました。
バッチ処理専門のマシンで、データは営業所と工場から50bpsのモデム経由で送られてきました。

私は最初、インプットチェックプログラムの設計とコーディングを担当しました。
入力データを数字か文字か判別し、入力フォーマットに従ってデータの論理チェックを行うというプログラムです。
入力データの正否を判別し、その後の処理をスムースに流す決め手になる部分でしたので、責任が重く、大変勉強になりました。

大きいプログラムは、COBOLで1000ステップ位あって、何度も何度も手直ししました。

その後、原価計算のシステム設計、プログラミング等を経験し、10年後に、富士通機にリプレースし、全国物流オンライン、予算策定オンラインも手がけました。

パソコンは、最初は工場の「厚み計測」データのデジタル化に使いました。
当時のパソコンはスピードが遅く、いろいろ調べた結果、ソード社のパソコンだけが使えることが分かり、BASIC言語を経験しました。

最初は、縦棒グラフの書き方が分からず、研究所長の浪人中の息子さんがプログラムを作ってくれました。
この人は今はプロになり、走るプログラマーというホームページを開いています。

思い出一杯のコンピュータ部門ですが、好きなことを何もかもやらせてくれた東セロという会社に心から感謝しています。  2008.6.20(金) 記
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